JUGEMテーマ:読書

 

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折角いいところなのに!
こう言うことがあると、すぐさま現実に引き戻されてしまうから、
やっぱり文字校は大事ね。

JUGEMテーマ:ミュージカル

 

この"The Light in the Piazza"は、

あらゆる困難を乗り越えて結ばれようとする若者同士の恋の話だ。

そして、ここに貼付したのは、

まさに二人が将来を誓い合う第一幕の佳境とも言うべき場面。

この曲は、ここで昂ぶり合い昇華しようとする気持ちが二人によって歌い上げられる。

 

 

どれだけ書き連ねたところで、

これをただ音源だけで聴いてしまったら、

その印象はひたすらに「難易度の高い曲」と言うだけになってしまいそうな気がする。

まず音が採り難そうだし、しかもピッチ自体も高めだしで、

どちらを歌うにせよ片方のパートを把握するだけでも難儀そうだ。

しかも、これはデュエットだから、

もちろん相手の手綱もしっかり掴んでいなければいけないのも骨が折れる。

特に中盤からは、そこに手を焼かされるだろうことは、

これを聴く誰もが思うであろうに違いないよ。

いわゆる「普通の恋愛作品」以上に、二人の相性が大事になりそうだ。

 

 

ここに掲載したからにはお気に入りの曲であることは当然だし、

数多あるミュージカル楽曲のなかでも一際に素晴らしいと思ってもいる。

このblogに掲載する楽曲の選定基準は、

こうして記事をしたためている私自身の独断と偏見によるもの。

その最たる条件は「最高に気持ちよく酔えること」だけれど、

それに当てはまる曲かと言われればどうかな。

あるいは、悪酔いしちゃうかも。

とにかく、いろいろなことを考えさせられる曲だよね。

JUGEMテーマ:東京ディズニーリゾート(TDR)

 

昨夜は久し振りに明け方近くまでゲームをして、そのせいか遅くまでよく眠った。

確か天気予報では「午前中は雨なので午後から投票へどうぞ」って言っていたのに、

よく晴れていたので、そのまま投票へ。

もう梅雨って終わったんだっけ? いや、そんなはずは…

 

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実妹と「近々また東京ディズニーシーに行こうか」って話している。

その理由はズバリ「海底2万マイルをハシゴしたいから」。

朝イチでインポして午前中ずっとライド&アウトを繰り返して、

お昼をヴォルケイニア・レストランで摂ったらまた乗り倒して、

ちょっとお腹が空いたら餃子ドッグを食べて、そんなことを繰り返す。

そんな途方もないプランに乗ってくれるのは、

私にとってこの世で夫と妹だけ。

私と東京ディズニーリゾートに出掛けた人間は、もれなく音信不通になります。

 

はじめて観た小学生の時から、この音楽の虜。きっとみんなそう。

 

こんなに作り込まれた"ドラマティック"って、ほかにある?

 

このショーで歌われている意味を理解したくて、第二外国語にスぺ語を選んだ大うつけ

 


最初に登場する東部の女性が着ているテラコッタのドレスに憧れて、そればかりを口にした

 

冗談じゃなく、これを観るためだけに毎日インポしたよ! もう一回やってよ……

 

以上、

「これまでにTDRにおいて上演されたショー&パレード」からの個人的Best 5でした。

ここに上がらなかったものも含めて、どれも忘れがたい思い出の飛礫。

もう二度と戻らないもの、だからこそより一層愛おしいもの。

「梅雨の季節に家で楽しく過ごす方法」を訊かれたら、一昔前の私だったらこう答える;

「東京ディズニーシーの

 ミゲルズ・エルドラド・キャンティーナで赤ワインとTECATEを空ける」

あの頃は、自宅よりあの場所で過ごす時間の方が長かったから。

あの場所がホームのようなものだった。

 

 

かつて『Disney Fan』誌の読者投稿欄に、

「残念に思える雨の日を折角の機会として楽しみます。

 具体的には、子どもたちと一緒に家の中で"パレードごっこ"をします」

というお便りが掲載されていたのが忘れられないな。

その方がよっぽど独創性に富んでいて憧れたものだよ。

あの音が聞こえた時に、そこにいる誰もがパレードに振り返るけれど、

それを真似しようと思う人はなかなかいないからね。

なんて素敵な毎日なんだろう。私もそんな風に過ごせたらいいな。

待ち切れないよ、それがもうすぐ叶うかもって思うだけで。

JUGEMテーマ:今聴いてる音楽教えてください!

 

最近ではそんな機会もとんとなくなって来たけれど、

もし誰かから「どの季節が一番好きなの?」って訊かれたら迷うことなく夏を挙げる!

それは物心付いた頃から長きに亘って続く連綿たる嗜好で、

これからも恐らくは変わることはないって思う。

まさに三つ子の魂百までとは、よく言ったものだよね。

 

 

その理由は、ごく特殊な場合を除いて、大抵は軽装が許されるからだ。
私は関東圏以南であればどんな寒空でも外套を必要としないんだけれど、

それが一人でない時には、例えば友人らに羽織りをせっつかれたり、

我が母親に至っては「みっともない」との叱咤すらある。

そんな煩わしさから束の間でも逃れられる夏のことを

普段は離れていても必ず年に一度は舞い戻る包容力たくましい恋人のように

(勝手に)思ってしまうのは無理からぬことだよね。

 

 

この曲はとても不思議な曲で聴けば聴くほどに作り込まれた完成度に唸らされるのに、

その伸び代は留まるところを知らないようだ。

実際ここに貼付したオリジナル版のみならずに、さまざまなアレンジメントがある。

もしかしたら、その内のどれかを選ぶことだってあったかも。あるいは、今夜じゃなければ。

相当迷わされたことは確かだけれど、

一体どれだけの数に上るのかすらも分からないほどに夥しくあふれる玉石混交の中から、

ふとこのRemixを聴いた瞬間に運命を感じたら、あとはもう引き返せなかった。

この前奏部にはたくさんの思い出があったし、どうせ同じサンチマンタリズムに浸るのなら、

いっそ過去を思い返してみても悪くないかもって思ったんだ。

 

 

それに相応しい季節でもあることだしね、いよいよ夏が始まるね。

JUGEMテーマ:オペラ

 

昨日の記事で、実母との関係性について触れたけれど、

これまでだって彼女と私のそれは決して悪いものではなかったと思う。

私たち兄弟を育てる時分において、

誰も反抗期を迎えなかったのは彼女にとって誇らしいことだったようだし、

その兄弟の中で最も音楽的影響を受けたのは、ほかならぬ私だからだ。

 

先日、私と母のどちらも大好きな「名曲アルバム」を見ながら、

その曲に関する四方山と共に並々ならぬ感想を母親にぶつけてしまった。

普段は他人の話に碌すっぽ耳を傾けない彼女が目を細めながら、

それを遮ることなく聞いてくれた。さもあろう。

 

 

ジョルジュ・ビゼーは、私にとっては初恋の人。

それからさまざまな作曲家の意匠に恋焦がれることになるのだけれど、

それと知らずに幼い胸に消えない魔法をかけた。

今でも毎日のように"音楽に恋する"ってことの意味を知り続けている。

そう、天国にも昇る気持ちだって。

もし組曲『アルルの女』に出逢わなかったら、

私は一体どこでこの天国へ繋がるはしごを見付けたかしら?

あるいは、アルノルト・シェーンベルクの『ヤコブの梯子』だったかもね。

あんな未完の、しかも聖譚曲に感じ入ることができたなら、今も信教徒でいられたかも。

 

 

幼い頃から、我が母親の所蔵品であるこの組曲を聞き続けてきた。

それでも全然飽きることがないんだ。

私は音楽のことにはとんと疎くて、あらゆる点において何ら聴き分ける美才を持たない。

それでも、今なおB.P.O.が好きだし、毎回の来日のたびにチケット入手に奔走している。

それは、すべからく失敗を意味しているっていうのに!

2017年11月の来日公演も早々に夢破れました。

この人生でSir.サイモン・ラトルを拝める日は来るのだろうか…。

ところで、我が母に組曲『アルルの女』の感想を求めたところ、

とんでもないことを言い出した;
その村では、

 昔から"精神遅滞の子どもがいる家庭は幸福に恵まれる"という言い伝えある……

 っていう前文がお気に入りなのよ」
えっ。何なの、その前文とやらは。

この組曲は、

本来は同名の戯曲のためにつくられた付随音楽の編纂集なのは無論知っている。

実際の上演を見たことはないとはいえ、何度となくあらすじ自体を読んでもいる。

そういえば、

件のCDに付いていた解説文にも"白痴的動機"が示唆されている旨が記載されていたな。

 

 

この組曲『アルルの女』における楽曲中で、

最も第一組曲の第2曲目の「メヌエット」が好きだよ。

彼女が好きなのは、同じ「メヌエット」でも第二組曲の第3曲目の方だそう。

「あの、いかにも目覚めたての清廉な朝日を彷彿とさせる、

 牧歌的なフルートの音色が素敵よね」

うんうん、そうだよね。

いつも小学生の頃には、毎週末の朝には必ずこの曲が流れていたのも頷ける。

つまりは、「メヌエット」が流れているうちに目覚めない場合には、

必然的に「ファランドール」の大音量で叩き起こされるということと同義なんだよね……。

当時は「ご勘弁を」って思っていたけれど、今にして思えば贅沢な時間だったようだ。

 


そうそう、

先述の前段は戯曲の原作に当たるアルフォンス・ドーデの短編からの引用だとのこと。

さすが中学生の頃から大江健三郎作品を読み尽くしている文学少女は言うことが違う。

私も読んでみようと思い立って、

あらぬ時間に実家を家捜ししたものの、残念ながら見付からなかった。

数度の引越しを経て失われてしまったのかもしれない。

私が実母から受け継いだ好ましい習慣の一つに読書が挙げられる。

しかしながら、最近ではその機会にもあたら恵まれなくなってしまった。

そのことを誰かに打ち明けるたびに、

大抵は「私も」という賛同を得られることが少なくないのに、そんな私を叱るのは彼女だけ。

「"本を読む"っていうのは実益を兼ねた趣味なの。

 貴方が言う"読めない"は"読まない"を言い換えているだけなのよ」。

うん、正論だね。

 



今週末は神田くんだりまで名著を探しに出かけようかな。

前述の短編が見付かればなおよいけれど、

それでなくたって、もしかしたら運命の出逢いが待っているかも知れないのだし。

JUGEMテーマ:日記・一般

 

京都アニメーションの放火事件で被害に遭われた方々へ

お見舞いを申し上げると共に、亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。

 

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昨夜寝しなにスマホを手に取ったら、珍しく実父からLINEが届いていた。

その内容はどこから引用したのか他愛もないコピペで、以下のようなもの。

 

【仲良く過ごすための10のルール】

 

‘鷽佑箸眛瓜に怒らないで下さい

家が火事にならない限り、叫ばないで下さい

7嘩になって相手を負かそうとしないで下さい

っ躇佞鬚垢觧にやさしく注意して下さい

イ靴磴戮訌阿法△泙坐蠎蠅力辰鯤垢い堂爾気

Π貽を終える前に仲直りして下さい

Я蠎蠅里いそ蠅鯒Г畊腓辰堂爾気

 

これだけ。ほかに附記も追記もなし。

「このルールを夫婦間で徹底しろ」ってこと?

いや、私に言うよりもまず自分たち夫婦で実行しなさいよ。

っていうか、─銑はどこ行った😂!?

この参院選も佳境に入ろうという時期に、あの人これで大丈夫なんだろうか…。

 

 

どうして父がこれを送ってきたのかって、本当は分かっている。

私が以前に里帰り出産の不安を漏らしたことが理由だろう。

おいそれとは口にしないけれど、

彼が言わんとしていることはこうだ;「母親と万事うまくやれ」

 

私の実母はTHE何がなんでも正論通すマン☆である。

いわば、どこまでも果てしなく続くまっすぐな道のような人。

彼女はいわゆるバリキャリというやつで、

その機動力の源は体制側に対する憤怒と飽くなき知的探究心であり、

自分にも他人にも精神的自立心を求める厳しい人だ。

私のような、

余暇の部分に重点を置くきらいのある風来坊との相性は推して知るべしである。

 

 

それで、今夜も夫は留守なので、

彼女のご機嫌伺いも兼ねて、実家に帰って来たんだけど…

昔よりもずっと2人でいる時間が楽しくて、また有意義であることに気付いた。

その理由はさまざまあれど、私が妊娠して、

彼女の気持ちに少し寄り添えるようになったことも一因であるかもしれない。

実母の方も、これまで少子化対策という社会的貢献をするでもなく、

ましてキャリアを志半ばで諦めた私に対する遣りようのないイラ立ちの落としどころを

ようやく見い出せたように思えた。

 

もし同級生だったら絶対に仲良くなることはなかった2人ではあるけれど、

それでも親子として生まれ付いた以上は上手に付き合う術を探らなければならない。

いつか私も我が子に同じように"ちょっとした努力"を強いることになるのだろうか?

そうだとしても、それが思い遣りによるものであるならば、

こうして言葉にするほどには悪いものではないって思うよ。

 

 

全然関係ないんだけど……今日は結構暑かったじゃないですか?

実家へ帰省してすぐ祖母に「ちょっとシャワー浴びて来るね」って言ったら、

「えっ、シャ…ワー……?」って不思議そうに訊き返されました。

おばあちゃん、大丈夫かな😅

JUGEMテーマ:イタリア映画

 

いつだったかな、確か数年前のアカデミー賞で渡辺謙とカトリーヌ・ドヌーヴが

歴代の外国語映画賞受賞作品を紹介していたことがあった。

その際に、彼女は"(この受賞歴を一言で言えば) It's very, very Italian!"と、

いつもの毒気ある諧謔を飄々と繰り出して見せたけれど、

その通りにチネチッタなくしては映画自体の有史それさえも語ることがままならないのは、

すべての映画愛好家及びそれ以外の誰しもの目に明らかだ。

 

 

ただイタリア映画とひと口に言っても、その分野は多岐に亘っている。

例えば、よく知られるところではコメディアとかマカロニ・ウェスタンとかがそうだけれど、

その国民性を表わす上で欠かせないのは、やっぱりジャッロだって思う。

そして、それを代表するものこそがグァルティエロ・ヤコペッティのモンド映画群なのだとも。

 

 

…だなんてえらそうに語った割には、

この「さらば、アフリカ」を全編通して観たことはまだないんだ。

でも、このOST自体には以前から馴染みがあって、

お掃除やお料理の合間なんかによく流していたりはする。

それだけで満たされてしまうから、

いつも結局のところ映画本編はどうでもよくなっちゃうんだ。

最近は、「もしかして自分は映画なんて好きじゃないのでは」と思って来てはいる。 

 

 

件のOSTには、この"Who Can Say"の編曲が余すところなく詰め込まれている。

どれも逸品ばかりで選曲には時間を掛けたけれど、

この映画の最後を飾るこれにした。

この歌詞も、また秀逸だって思うから。

JUGEMテーマ:日記・一般

 

ここ10年間ほどずっと読み続けて来たblogがまさかの閉鎖…。

毎晩楽しみにしていた習慣や儀式を禁じられてしまったようで大変に悲しい。

「ただの娯楽に大袈裟だ」って言われそうだけれど、

正直に言って、前述のとおりに、私にとってはそれ以上の存在だったんだ。

まるで面識のない相手が書く文章に、そんなにも固執するのが気持ち悪いって自覚はある。

せめてblog閉鎖の理由が私たち読者に告げられたようなものでなく、

もっと前向きなファクターだったなら、こんなにも落ち込んだりしなかったかもしれない。

誰にでも秘密があり、誰にでも苦悩があるんだね…。

 

 

昔なら―ほんの半年前なら―、こんな悲劇はお酒を嗜むいい口実になった。

いや、むしろ口実をこさえるほど誠実な飲み方をしていなかったと言うべきだ。

何せ、一年間一日も欠かさずに、毎日毎晩をそれと共に過ごすんだ。

この手に取るワイングラスの形状や風合いは気分次第で変わっても、

そこに注がれる液体はいつも同じ臙脂色。

こう書くと、「もしかしたら、自分って逆に誠実なのでは?」って錯覚しそうだよ。

しかも、毎晩どんなに少なくとも1本は空にしていた。

オペラファンに向けて言うと、"愛の妙薬"のネモリーノ並みにがぶ飲みしていた。

 

自分でも今よく止められていると思う。

しかしながら、私は今以て嫌なことをほんの一時忘れる術や

あたらつらいことからわずかに目を反らず方法を学んでいない。

現在のところの束の間の次善策になっているのはオペラとノンアルコール飲料と夫だけれど、

今夜はその超強力打線から夫という強打者が抜けてしまって心許ないから、

「今からひとっ走りしてノンアルコール飲料を買い増そうかしら?」、なんてね。

 

 

超強力打線を補充すべくノンアルコール飲料を本当に買い増し(本当にコンビニへ行った)、

今夜もオペラを、折角ならば何か心が軽くなりそうなオペラを、ということで、

前段で書いた『愛の妙薬』からネモリーノがボルドーワインをがぶ飲みする一コマでした。

あれ? ロベルト・アラーニャって、この役柄もレパートリーなんだっけ?

彼とシボーン・スタッグの二重唱の美しさも然ることながら、

その後ろでオーケストラの人たちが何とも言えずに楽しそうに演奏しているのがいいよね。

 

実は妊娠が分かったのが今からちょうど半年前で、ほぼ同時に切迫流産になってしまった。

まだ安定期に入る前に会社に妊娠を告げて、その時に慰留されたのはうれしかったな。

「どれだけ休んでくれてもいいから、ぜひ復帰してほしい」。

その一言は、私には願ってもない言葉だった。

この会社ではライターとしての業務を一任してもらいながら、

同時にWebデザインやプログラミングの知識も研鑽できて、さまざまな経験を積めたから。

ただ、どうしても繁忙期は激務になってしまうことと、

自分が主宰している飲み会が多かったことから、恐らく子育てとの両立は難しいだろう。

そう思っていた私の背中を夫は押してくれ、急ながら無事に退職させてもらうことができた。

 

 

我ながら話が冗長なんだよね…。

要は、前職を退職してからの半年間ずっと即入院も視野に入れた自宅療養していたのですが、

その間していたことといえば、毎日お出掛けも出来ず、ひたすらオペラを観ていた訳です。

巷ではよく「オペラは胎教にいい」なんていうみたいだけれど、

もしそれが本当だとしたら、この子はどんな天才に育つのか?

……なんて、私と夫の子ですもの。ただ生まれて来てくれるだけ、それだけでいいのよ。

 

そう、この子が生まれて来てくれるだけでいい。

それだのに、私は余所様のblog閉鎖やお酒が飲めないことを苦にするべきじゃなかった。

この子を実際に腕に抱いたら、私はこの歌に共感するかしら?

その日のために、この授かったばかりの幸福を守ることに専念しなくては。

それ以外のすべては、今となってはすべて些末なことなのだから。

JUGEMテーマ:オペラ

 

最近になって、突然にオペラをこよなく愛するようになった。

これまでの人生の中で何度もオペラを観る機会に恵まれながら、

それを穿って来たっていうのに。

 

 

私にとってオペラっていうのは序曲がすべてで、その内容に惹かれたことなんてなかった。

「だって、話の筋がくだらくない?

 あと、日本人が好きっていうアリアは軒並み受け付けない」

そうずっと思っていたのに、ある日それが変わってしまった。その理由はこの人にあって、

 

 

そう、彼に夢中だから。

私はこの人のことを長らく知っていた。

「洋の東西を問わず、現代音楽界が望み得る最高のドン・ジョヴァンニ」として。

とはいえ、彼のことを特別だと感じたことはなかった。

 

 

多くの人々にとってそうであるように、

私にとってもまた「ドン・ジョヴァンニ」という演目は、

数多あるオペラ作品の中で数少ないお気に入りの一つだった。

この作品の素晴らしい点は、その枚挙に暇がないけれど、確実に言えることとしては;

*****

 覆海Δ靴討靴燭燭瓩襪泙任發覆、)モーツァルトの最盛期に作曲されたとあって、音楽が素晴らしい

△い錣罎襦屮疋薀沺Ε献腑魁璽勝廚梁緝重な作品であることから、常に悲劇と喜劇の背面性を併せて楽しめる

4儺劼鯡鵤鎧間にわたって引きつけるような成熟性を保ちながら、どこか妄想を膨らませ得る余白を孕む

い曚のオペラ作品に比べて、その時々の世相を反映させやすい

グ幣紊里海箸ら、その時代や地域ごとの演出家や演者によって明確な相違が感じることができる

*****

といったところで、「これまでにオペラを観たことがない」という人にとっても

とっつきやすい内容になっている。

実際に「この作品からオペラにハマりました!」という意見は

けだしインターネット上にもたびたび散見される。

 

 

しかしながら、私はこれまで 銑い硫椎柔は認めてもイ里修譴紡个靴討浪疑的でいた。

私にとってのドン・ジョヴァンニは、もう長らくにわたって、

テディ・タフ・ローズやイルデブランド・ダルカンジェロのような

雄々しく野性味あふれるタイプの歌手で、

それは私の個人的な意思や性的な嗜好に関わることなく誰にとってもそうなるはずで、

そこに一切の疑問を抱いたことさえなかった。

 

 

ドン・ジョヴァンニは、すべからく観客にとっての「理想の人」

そうでなければ、

この世界中の女性(※その数は5か国各地の2,061人にも上る)を意のままにし、

あれほどまでに男性から慕われ、時にその嫉妬を買うことに対する説明がつかない。

そうなると、

どうしても逆説的に精悍な面持ちや積極性ある振る舞いが求められることになる。

その点において、

どうしてもマリウシュ・クヴィエチェンでは説得力に欠けるような気がしたのだ。

 

 

このインタビュー映像を観終わった瞬間に、私の中の何かは崩壊した。

それまで見えているのとまったく違う世界が見え、

この世で誰も嗅いだことがないような芳香を嗅ぎ、

これまで聴いていたアリアをまるで異世界のもののように聴いた。

すべてのものが初めて触れるようだった。

 

 

「ドン・ジョヴァンニは孤独な人」

そうした解釈自体は、とりわけ斬新なものでもないことはよく分かっていた。

この役を代表作としているアーウィン・シュロットやユージン・ペリーも

そうした意図を持っていたことを語ったようだし、

数々の指揮者並びに演出家の中でこの旗幟を支持する勢力は決して少なくはないからだ。

そうであるにも関わらず、この解釈と演技性が一致したのを認めたのは、

彼の歌声を思い出したあの時ただ一度きりだった。

既に30余年を生きている私にとっても、あれほどに稀有な瞬間はない。

まさに「腑に落ちる」という言葉を身をもって体験させられたのだった。それも否応なしに。

 

 

彼の顔立ちやそれを含めた外貌を好きになったわけじゃない。

この人が美しいことは認めるし、

それこそが今日のオペラ界において彼をスターたらしめる要素であることも分かってはいる。

 

 

それに、その声に対する感慨があるというのとも違う。

そもそもがどちらかといえば楽譜至上主義であるから、

その演奏者や歌い手ごとの個性というものを尊重するきらいがない。

つまりは「〇〇よりは××の方がいいかな」というような、

せいぜい相対的な評価が下ればいい方で、

それさえもその時々の自分が置かれている状況やそれによる心持ちに左右される、

ひどく不誠実で曖昧なものだ。

 

 

私が彼を愛して止まないのは、ひたすらにその演技性によるところが大きい。

これまでに、彼ほど一つ一つの所作に執心し、

それを終始にわたって徹底したドン・ジョヴァンニが存在しただろうか?

 

 

飛ばせてもスゴい彼!

昔から俳優や作曲家を好きになるのは理論的な理由によるところが大きかった。

「また日本に来てくれたら、その時は絶対に!」と思っていたのに、

今度の来日はなんと出産予定日の2週間前…。

とりあえず今は胎教がてら、毎日MET-HDとB.R.&DVDで乗り切っております。

JUGEMテーマ:アメリカ料理

 


「江戸時代に考案された当初の握り寿司は、

 今で言うファスト・フードのような位置付けだった」。

この史実を知った時には、当時の行商人や旅行者の「食に対する探究心」と、

それを実現する食事法の器用さに驚かされたものだったけれど……

 

 

主に"骨付きのリブ・アイ"を指して"カウボーイ・ステーキ"と呼ぶことは知っていた。

しかしながら、その由来が「その仕事中にカウ・ボーイ達が牛追いをしながら

馬上で手軽に肉を食べるために編み出された」と知って震えている深夜23時。

 


こんな人らと戦争して勝てる訳なかったわ。今後も友好を続けよう。とりあえず、アーメン。