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  • 2019.09.15 Sunday
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JUGEMテーマ:オペラ

 

この表題のとおりに、

本日は「Don Giovanni記念日」略して「D.G.記念日」

えっ、「全然略せていない上に語呂が悪い」って?

私のような凡人には、この程度のひらめきが限界です。

そうした才能は、

原作のロレンツォ・ダ・ポンテ先生にお任せすることにいたしましょう。 

 

今から231年前の今日に、

偉大なる作曲家モーツァルト自身の手によって、本作は初演された。

この初演を元にして、さまざまな形式で敷衍され、

その時々の観客の嗜好や世相に寄り添いながら上演が重ねられ、

そのたびに好評を博してきた。

 

 

「そのたびに好評を博してきた」。

あまり熱量を帯びぬ表現に甘んじる結果になってしまったけれど、

これって大変なことだよね。

私にとって「この世で3大嫌いなこと」の一つは、

ほかならぬ「クラシック音楽を始めとする音楽全般に

権威を持たせようとする行為」だけれど、

もし平伏するのなら、この歴史にも理由があるには相違ないよ。

 

私が生まれて、

そして、いつか死ぬまでのどの瞬間にもクラシック音楽は、いつも共にある。

でも、今まさに花開く可能性を内含する分野やまだ見ぬ(ならぬ聴かぬ)

新しい才能を受け入れる余地がある。

だからこそ、いつでもいつの時代も音楽って素敵なんだ。

どんな時にも、誰に対しても平等に、その真価を発揮してくれるから。

JUGEMテーマ:今聴いてる音楽教えてください!

 

これは、かつてグロリア・スワンソンが自身の出演作である
"The Trespasser(トレスパッサー)"の挿入歌として歌い上げた名曲だ。
現在ではJazzの定番曲としてよく知られているように、
名立たる演奏者によってさまざまな編曲を施され、今なおこぞって親しまれている。

私たちに近しいところでは、
この日本においても知名度の高いペギー・リーも独自の技巧を凝らしていたね。
そのほかにもこれぞ名盤と謳われるものがいくつかあるけれど、
私はやっぱりこのヴィクター・アーデンのものが一番好きだな。
例えば心湧き立つような楽し気な曲調からこうした物悲しい旋律まで、
本当に恋愛についてを描いた楽曲と言うのは多種多様だ。
そのことに対する純粋な驚きと敬意を込めながら、いつも愛に関する旋律に心を奪われる。
愛に、敬意を抱いている。

件の映画の中で主人公は、
何度となく愛に裏切られ、また幾度となくその愛から身を引く羽目になる。
私にとっては艱難にしか思えないそれこそが愛なのだと気付かされるまでの間に、
もしも結婚をしていなかったら、その魔法の力を知るまでにもっと時間が掛かっただろう。
どんな時でも愛とは儚く、そして、いつだって壊れにくいものだ。

JUGEMテーマ:読書

 

『最初の愛はいつも最後の愛』

(ターハル・ベン=ジェルーン著、堀内ゆかり訳) を読みました。

これは、現代における『千夜一夜物語』と絶賛された短編集。

あらゆる独占欲や嫉妬、誰しもが抱える孤独や情熱といった、

生きて行く上で不可避な感情と向き合わされる人間たちの生き様を描いている。

誰よりも美しく囀る歌姫の悲劇的な顛末や

そこへ訪れる女性たちを見つめながらただ一人の女神を待ち焦がれる観光地で働く青年など

まったく違う人生を生きる人々を繋ぐもの――それこそは、愛だ。

 


この本を読んだのは、まだ出産する前だったから、

それを経験してしまった今は言葉を紡ぐのが難しいな。

でも、この本に出会えたことは、きっと未来の自分にとって必要だったのだって感じる。

私たちが最愛の人を愛する時に、それはもちろん狂おしくもあり官能的であり、

何ごとにも代えられない輝きを放つはずだ。

この十六編を手に入らない眉唾として読むのか、

これから出会うべき感情に対してのマニュアルに定めるのかは、

それを与えられた私たち自身によるのだ。

JUGEMテーマ:日記・一般

 

 

よくよく目を凝らしたら、

おばあちゃんの着ているルーム・ウェアの柄が守ろう著作権的を逆行する、

どう贔屓目に見てもゴースト・バスターズ的なあれだった。

JUGEMテーマ:写真芸術

 

今日は土門拳の没後29年の命日だよね。

彼の記念館が発信するTwitterを読んで、

「こんなところにもサイバー化の波が来ているのか!」と

軽くショックを禁じ得なかった私は、

彼の作品が伝える昭和に確実に追い越されている。

「土門拳」といえば、

常に自身の思想に忠実にシャッターを切った個性豊かな報道写真家であり、

その独特の視点で仏閣や寺院などを捉え、

それらの伝統文化財に新風を送り込んだ異端の旗手としての一面も持つ。

しかしながら、私達が彼を思い描く時に脳裡を過ぎるのは、

必ずしもそのような日常の風景を離れた光景ではないはずだ。

そこには、今にも動き出しそうな、

けれど、多くに人々がどこかに忘れて来てしまった古き良き日本が息衝いている。

この時代を生き抜いた人間には郷愁を感じさせ、

それを知らない新世代にさえも偲ばせる。
何の名も無き庶民に寄り添って生きた一人の匠が、

ただ夢中でファインダーを覗く姿が見える。

 

 

実は、その生誕100周年の折に、彼の個展に伺ったことがある。

でも、そこへ足を運ぶには、大袈裟じゃなく多大な覚悟を要した。
私をここまで躊躇させたものは、

以前に拝見した一葉の写真――それは、みんながお弁当を頬張る中で、

何も食べる物のない貧しい子どもたちが読書で飢えを癒そうと、

小さな手で広げた本に必死で顔を押し付けている様子を写し出していた。

あの瞬間に感じた胸の痛みと、あえてまた向き合う必要はないのじゃないか。

そう思いながら、一方では、どうしても「可哀相な昭和のイメージ」を払拭したかった。

……まあ、自分も昭和生まれのくせに、何言ってるんだって感じですけれども。

しかしながら、その目論見は、果たして成功した。


実際に会場に着いてみると、

そこに展示されていたのは当たり前だけれども膨大な量の写真だった。

私があの日目にした作品も無論飾られている。

しかし、そのすぐ隣にはまた趣きの異なる風景が別の額に収まっている。

ふんどし一丁の姿で滝に打たれる坊主頭の少年達、
とてつもなく薄汚れた着物を肌蹴るように番傘を持って走り回る兄弟、
お菓子を取り出すおばさんのその手を睨み付ける小児、
まるで声すらも聞こえる気がする歔欷に顔を歪める子女――――


いくつもの夥しい数を誇る写真だ。

そのどれもが笑顔と言う訳には行かないけれど、誰もが不思議な活力を持っていて、

そこには生き生きとした活気が宿って、今にその色を伝える。

これも当たり前のことだけれど、

この世には永遠に泣き続けてばかりの人間なんていないのだ。

どんなに悲しいことがあって泣き暮れても、その次の瞬間には驚いたり笑ったりする。
もしかしたら怒ることもあるかも知れない、

彼らの刹那を永遠に閉じ込めるのが撮影するってことだ。

それを忘れて写真を観ることは出来ない。


件の会場内には、その目にかつての日本の名残りを焼き付けようとする、

たくさんの人であふれ返っていた。

その年齢層も幅広くて、彼らの保護者と連れ立った制服姿もちらほら、

さらには外国からの観光客らしき集団も垣間見えて、中でも戦時中世代の方が多かった。

その時代をご存知の方々は懐かしそうに目を細めていたり、

はたまた驚嘆したり興味津々だったりして。

さまざまな表情にお目に掛かれることも、また一興かも。

ただ写真集を眺めるだけでは分からないギャラリーならではの魅力と言えそうだ。


ただ一つだけ残念だったのは、その展示を盗撮している男性がいたこと。
そのカメラの精密度や手法から計画的な犯行であったことは明らかで、

初めて遭遇した事態に慌ててしまって、

とりあえず責任者さんを呼ぶことしか出来なかったのだけれど、

今でも正しい対処法なんて分らないし、そんなの学びたくもないことだ。

結局は「現行犯ではないから」って理由で放免にされてしまった。

あんな風に持たざる時代を経て恵まれた国になったのに、

こうした些細なマナーすら守れない人間もあるのかと思ったら、本当に悲しかった。
本来的に憐憫を掛けるべきはどちらなのか?

こんな結びで今日この日の日記を締めくくる羽目になったことを、

ただただ恥じ入る気持ちでいっぱいでいる。 

JUGEMテーマ:東京ディズニーリゾート(TDR)

 

今夜は中秋の名月だそうですね。

それをそのまま訳せば"harvest moon"と言うこともあって、

昔住んでいた舞浜でよく飲んでいた地ビールのことを思い出しました。

 

 

まだ若輩だった上に、

そもそもお酒というものを酔うためだけに飲んでいた身としては、

ほとんどその味のことは覚えていないけれど、

何度もお休みの日に足繁く通っていたのだから、

いかんせん当時の私にとっては少なくともとてつもなくおいしかったのだろう。

その料理に舌鼓を打ちながら、

あるいは近隣の銀幕で繰り広げられる大作の展開に舌を巻きながら、

舌鼓を打つお酒はたまらなく楽しかったな。

今では手に入らないものに思い馳せるのは、誰しにも共通する人の世の常なのだろうか。

例えば、あの月の光に手が届かないのと同じように。

 


この曲は、いつも夫と訪れるレストランで流れていた曲だ。

今ではお互いにめっきり忙しくなって次第に足が遠退いてしまったけれど、

もう一度でいいから、何も考えないままでまたあなたと酔い痴れたいんだ。

いつもなら割ってしまうのが恐いから決して手に取ることさえしないような、

華奢なグラス越しにその瞳を見つめたなら、

それだけでほかの世界なんてどうでもよくなっちゃうよ。

 

いつかに拝む太陽も月も欲しくないし、どこまでも輝く星なんていらない。

今月今夜のこの月を涙で濡らされることなく、

いつまでも隣で見られるのならそれがいい。 それだけでいいよ。

JUGEMテーマ:おもしろ動画

 

毎日ほぼ寝惚けたような状態で起床し、ふと気付いたら早週末。
「今日は13日の金曜日じゃん!」っていう家族の発言で、それに気付きました。
なんだか一週間って早いな。
「早い」っていうか、私の生活が薄っぺらいだけかも知れないよね。
その可能性が高過ぎる!

どうでもいいけれど、
「別に日本人にとっては 北欧神話とかキリスト教の忌み数に
 ちなんだ"13日"の"金曜日"って関係なくないですかね」って思っていたら
「何言ってるの、ジェイソン来たら怖いじゃないの」とのこと。
ああ、そっちってこと?
しかも、さらに今年は仏滅だそうで。
ここまで重なると、逆におめでたいとすら感じてしまう頭のおめでたい私です。

 

 

折角の週末なのに、夫は不在なので、彼の好きな作品を観てみることにしました。
ほかのどんなことより、彼とともに過ごせない時間はつらいものです。

とはいえ、それも「尋常じゃないくらいにあり過ぎて、たまに引く」くらいの収入のためには
仕方がないことと我慢しましょう。
最終的な目標は、この際「手から石油を出すこと」にします。
でも、今はレアアースの方がお得かな?
いや、だからと言って高望みはすまい。私は石油で満足します。

JUGEMテーマ:映画

 

時は、西部開拓時代。さすらいのガン・マンであるシェーンは、

偶然通り掛かった土地で幅を利かせるライカー一味に遭遇し、

その打倒に決意を燃やす。

あらゆる困難を乗り越え、ついに一味を倒して平和を手に入れた彼は、

また過去を捨てて別の土地へと去って行く。

 

主要なアカデミー賞各部門にノミネートされ一世を風靡した名作。

その人気から、アメリカではテレビ・シリーズとしても放送された。

 

******************************

 

私たちが一般的に思い描く通りのいわゆる典型的な西部劇で、

まさに決定版と言っても過言ではない趣きの作品だろうと思う。

少し以前には洋画劇場などでもよく放送されていたそうだから、

私などよりも上の世代の諸先輩方の方がずっとよくご存知かも。

 

 

にも関わらずに、最近ではあまり地上波放送されなくなってしまったのは、

この作品以上の名作が出て来たからと言うよりは、その本質に目を向けないままに、

やたらと非暴力を訴える非健全な道徳的世論のせいじゃないかと、

個人的には勝手ながらそう考えてしまうのだけれど。


それでも公開後すぐにではなく、作中で描かれている時代から、

さらにはこの映画が制作/公開された年代をも懐古しながら観ることが出来たことで、

より一層の観賞方法を楽しむことが出来たと思っている。

 


この主役であるシェーンを演じたA.ラッドがとにかく素晴らしくて、

その流れ者と言う設定や強さ自体にも説得力があった。

私が特に気に入ったのは、彼とスターレット夫人がお互いに好意を抱き合っていながらも、

それを決して打ち明け合えないと言う禁欲がありありと色濃く観て取れる場面だ。


果てしない闘争を諌める正義の救世主/とてつもなく激しいガン・ファイト/

抑制をより一層の障害として、惹かれ合う二人

「やはり西部劇たるものは、こうでなければ」。そう思わせてくれる魅力に富んでいる。

 

件のライカー一味と闘うか否かをめぐってシェーンとスターレットが諍いになる場面では、

スターレット夫人との間の禁欲を見抜いた彼の怒りや憎悪を露呈させることになるのだが、

男同士が力で以って語り合うそこには、ちっとも陰湿なものは感じられない。

それが私にとって羨ましくもあり、ただ妬ましくもある。

 

 

きっとジョーイは、大人になっても銃を持たない平和な日常を送ることが出来るだろう。

それはとても立派で素敵なことだけれど、同時に男達の夢や憧憬の崩壊を表す。

ジョーイは、だから恐らくは、ある部分では何処か大人になり切れないままで、

この日過ぎ去ったシェーンの影を永遠に追い続けるに違いない。


それとは反対に、何気ない平和な日々に憧れ続けながらも、

シェーンは銃を握るしかなかった。

彼がスターレット一家に背を向けて去って行くときのジョーイのあの叫び声は、

古き良き時代に対する懐古の悲鳴だったのだろうか。

JUGEMテーマ:日記・一般

 

そういえば(という流れで書き始めるような話題でもないのですが)、

過日、待望の我が子をついに出産いたしました。

 

前日の午後10時過ぎに最初の陣痛があって、

そこから安定して陣痛が5分間隔を迎えるのを待って救急外来へ。

 

まずは陣痛室へ通され、それから入院予定の個室を経て、

確か午前7時前後くらいに子宮口が8cmまで開いたので分娩室へ移動。

 

しかし、その後が長かった…。

それまでは「早くいきませてください!」なんて言っていたのも束の間、

なかなか上手にいきめなくて午後1時近くまで、ずっと膠着状態のまま。

 

その後に破水してからは展開が早くて、

たったの数回いきんだ後、「もう一度いきんでもいいですか?」って訊いたら、

担当医の先生と看護師さんが口をそろえて「もういきむ必要はないよ」って。

 

「『はぁ〜』って大きく息を1回吐いてごらん」と言われて、

その通りにしたら、何だか呆気ないほど簡単にこの世に誕生してくれました。

 

 

この腕に初めて我が子を抱く瞬間というものはさぞかし感動するものだろうと思いきや、

実際のところあまり実感が湧かずに、ただただ微笑ましくかわいく感じられました。

 

どんなことでもそうだけれど、さまざまな人から何度も聴いた体験談でも、

実際に自ら体験してみたら聞いていたのとはまったく違うというのはよくある話です。

 

よく「出産の最中のことなんて激痛で朦朧としていて覚えてないよ」なんて聞きますが、

私は割と意識がハッキリしていて詳細なことでも覚えているし、

「旦那の方から立ち合い出産にしたいって言ったのに全然役に立たなかった」というのも、

私の場合はまったく当てはまりませんでした。

 

-------------(ここからは惚気っぽくなるので適当に読み飛ばしてください)-------------

 

彼は、私が飲む可能性のあるノンカフェインのお茶やスポーツドリンクを数種も用意し、

どんな状態でも飲めるように介護用のペットボトルストローを付けておいてくれたほか、

よく陣痛のいきみ逃がしに必要と言われるテニスボールに加えてゴルフボールまで持参。

 

そして、何よりも印象的だったこととしては、出産中の私に対して、

一度たりとも「はい」か「いいえ」で答えられない質問をしませんでした。

 

どうやら出産までの間に、自分なりに調べてさまざまなシミュレーションをしたようです。

 

ほかにも背中をさすってくれたり出産を待ってくれている親族と密に連絡をとったりと、

どれをとっても感謝してもし切れないことばかりですが…

最もうれしかったのは、私がいきむ時には自分も力を込めていきむポーズをして、

逆に「体から力を抜かなければならない」という時には一緒に深呼吸をしてくれたこと。

 

現代であっても「出産はおろか育児まで妻に丸投げ」という夫は少なくないようですが、

こんなにも育児どころか出産まで一緒に乗り越えようとしてくれる姿勢がうれしかった。

 

--------------------------------(ここまで与太話)--------------------------------

 

まあ…我が家の場合は、どこよりも結婚が早かった割に比較的子どもを持つのが遅くて、

既に結婚してからかなり年数を経ているというのが後押ししているかもしれないですね。

こんなの新婚だったら絶対ムリ!

最近よく聞く「授かり婚」で立ち合い出産を選ぶご夫婦なんて尊敬しちゃう!

 

現在はまだ入院中で、これから退院準備をして退院し、いよいよ育児が始まります。

なかなか思うように更新できないことも増えて来るかと思いますが、

今後ともお付き合いいただければ幸いです。

 

P.S.

出産中のバースプランとして、マリウシュ・クヴィエチェン出演作を観るつもりでした。

が! あまりの痛みと苦しさにとても芸術を嗜むという気になれませんでした。

もう経産婦の方全員に尊敬の気持ちしかないけれど、

その中でも「音楽を聴きながら」とか「演劇を観ながら」って方は特にスゴイと思う…。

もし第2子を授かることがあれば、その時にはリベンジを検討してみることにします。

JUGEMテーマ:今聴いてる音楽教えてください!

 

全米ソロ・デビューから2年目にして、

既に二部門においてグラミー賞を獲得してしまったBruno Marzの経歴を、

ここで詳細に語る必要はないと思う。

だって、そんなものとは関係なしに、

彼の曲を聴くだけでその素晴らしさは充分に伝わるだろうから。

ほかの一般的な聴衆がそうであるように、

私もその名前を7年前のグラミー賞の候補者発表の際にはじめて知った。

その功績は、最多ノミネートを受けたカニエ・ウェストに迫る勢いではあったものの、

当時としてはまったく以って「誰?」の一言に尽きた。

 

 

その後、ふと思い出して聴いた彼の曲に魅せられ続けているけれど、

いまだに一番最初に耳にしたこの曲は、私にとってかけがえのないお気に入りだ。

このPVを観た時の衝撃と言ったらなかったし、

そのメイキングにおける彼のお茶目な表情にノサれもした。

この歌詞が、何と言ってもいいよね。

ただ一見すると"Grenade (手榴弾)"なんて題名は、

およそ恋愛に関する歌には似つかわしくないようでいて、

実際にはこれ以上にない愛憎を歌った最上のラブ・ソングなのだもの。

 

 

たくさんの場所でいろいろな翻訳が施してあるけれど、私としては

この歌い出しの"Easy come, easy go"は、

「来る者拒まず、去る者追わず」とするのが一番抵抗のない訳し方だと考える。

それと同様に、2番目の最初の部分には、はっきりと「地獄」と言う単語を用いるべきだ。

こうして聴き直しても…

彼らの死生観からの「君のためなら命をも差し出せる」って、随分と重い歌詞だな。

でも、誰かを愛したことのある者ならば、誰しも共感せざるを得ない不可避な感情だ。

 


どうでもいいけども、

彼のグラミー受賞記念にKUA'AINAで発売されていたロコモコ・バーガーは、

その発想の安直振りと味も含めていまいちだったと思います。
ここで、あの時に一緒に配られたステッカーをご紹介したかったのだけれど……

どうやら引っ越しの動乱で、何処かに紛れてしまったようで残念。

また見付かったら、ご報告まで。