JUGEMテーマ:ミュージカル

 

昨日に引き続きまして、今日は風が強かったですね。

……などと、いかにも知った風な口を利きましたが、

ほんの十数分ほどしか外出していないので、その真相は定かではありません。

その十数分限りは何となくそのような印象を受けたので、

「恐らく強かったんだろうな」などと思ってふんわりとしたことを言ってしまいました。

 

 

えっ、今日って風強かったよね?

あの名作ミュージカル映画のあの名シーンレベルで(※先の動画を参照のこと)。

なんかTwitterの現地報告によれば、

あの雨風に超絶弱いでおなじみの京葉線が止まってしまっていたらしいし…。

まあ、私は昨晩からMet on Demand三昧でしたので、

そんな事情を忖度できる由もない訳なのですけれども。

 

 

久し振りに、一年前にライブ配信された多くの人が観たであろうジョン・レジェンド主演の

『ジーザス・クライスト・スーパースター』(以下、『JCS』)を私もまた観ました。

昨日の記事では、あたかもミュージカルをディスったような感じになってしまいましたが、

今でもミュージカル自体はよく観ていて、その中でもこの『JCS』はお気に入りの一作です。

それこそ映像作品や音源だけなら20〜30作品くらいは鑑賞しているんじゃないかな。

 

 

まるで世紀末のごとく荒廃した街で暮らす若者たちにとって、最後の希望となるジーザス。

このプロダクト自体は、いわゆる舞台版と呼ばれるものや

下に貼ったグレン・カーター主演の映画版(2000年)に近いのかも。

わが国では「イエス・キリスト」と表記される場合が多いジーザスと

彼をとりまく使徒たちの苦悩や葛藤を描いているこの作品は、

その宗教色の強さゆえに今なお敬虔なキリスト教徒たちの間では敬遠されていると聞く。

 

 

そうした背景を持つ『JCS』という作品の先鋭性を考慮するだに、

今回の試み自体には評価の余地があると言えるだろう。

それを観る人によって賛否が分かれ、

そのことについて討議や熱論に発展することこそ芸術の本懐と言えるのではないだろうか?

 

 

私が一番好きなのは、『JCS』から"Heaven on Their Mind"。

別にムシャクシャしてやったわけでもないし後悔もしてない。

恐らく日本人にとって、最も著名な翻訳は劇団四季による「彼らの心は天国に」だろう。

この作品の主役であるジーザスの行く末を左右する人物として描かれている、

ユダがその苦々しい心情を吐露する、非常に重要な曲の一つだ。

この美しくも荒々しい旋律の中に、さまざまな感情をにじませなければない。

それこそが難曲の難曲たるゆえんなのだ。

 

 

こちらはドイツのミュージカル俳優であるセルカン・カヤによる歌唱だ。

彼は、今なお老若男女から熱い支持を受けるロック・バンドの

「クイーン」による楽曲で構成された『ウィ・ウィル・ロック・ユー』の主演を務め、

およそ100年前に実在した

オーストリア皇后の半生を題材としている『エリザベート』で狂言回しを演じた。

ああ、この声はいいな。

どこにも行き場のない憤怒を歌声によって昇華させている、まさに理想のユダだよ。

 

どう考えても、そんな場所で歌うのって明らかに骨が折れますよね…?

 

なぜ

「ジーザスに対して激おこヽ(o`Д´o)ノぷんぷん丸」

「じゃあ、いっそのことあの岩山の頂を目指そう…」

「せっかくだから、そこで歌っちゃおう☆」

って流れになるのか本当に分かりませんです…。

 

しかしながら、やはりオリジナルキャストによる歌唱はよいものだ。

今作の作曲家であるアンドリュー・ロイド・ウェバーにとっては

意に染まぬ演出だったという逸話は有名だけれど、

あらゆる芸術が不可逆的には進まない可能性を秘めている以上は、

こうするよりほかに術がなかったとも言える。

つまりは、これはこれで「アリよりのアリ」ってこと!

 

 

私が『JCS』の中で、この曲が一番好きなのには理由がある。

この作品にとってユダは不可欠であり、そんな彼を衝き動かすもの、

すなわちユダという人物を紐解くヒントと答えの両方がこの曲には凝縮されているから。

それは真理を探究しようとする者だけが理解し得る煩悶であり孤独であり憤怒だ。

もちろんA.R.ウェバーの紡ぎ出す旋律は言わずもがな、

これほどまでに、とかく軽視されがちな歌詞の重要性を

一言一句余すところなく、けだし雄弁に伝える曲もないだろう。

 

 

この曲に込められた感情を余さず伝えるもの、この曲の歌詞が好きだ。

その中でもとりわけお気に入りなのが

"It was beautiful, but now it's sour"という部分だったりする。

どうやら劇団四季による日本語詞版では

「昔はよいが だめだ、もう今では」と歌っているようだ。

この韓国語詞版では「かつては美しい物語だった、今では嫌悪しかない」

歌っている旨をGoogle先生が教えてくれた

 

 

『JCS』が初演されてから、既に半世紀近い歳月が過ぎようとしている。

その時から今日に至るまでに、この社会は大きな変化を見せた。

この作品が初演された時に流行していたヒッピー文化は消え去り、

その当時からは考えられない文明の利器がこぞって駆使されるようになった。

今では、ほかのどんな電子機器よりも市民権を得ているスマホやタブレットは、

この作品の初演当時は当たり前ながら存在しなかったものだ。

それは今作で描かれているジーザスの時代においても同じ。

 

 

それでも約2000年前の人物である彼らを主題とするこの作品が色褪せることはない。

なぜならば、そこで提起されている問題は、

現代を生きる私たちが今なお抱えているそれと同様だからだ。

いつか今作が時代遅れな古臭いものとして捉えられる時が来るとしたら、

その時こそが真の意味において、

「彼らの心は天国に」迎えられる時代の到来であると言えるだろう。

  • 2019.09.15 Sunday
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  • 00:59
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